多忙につきレビューが滞りぎみです。空き時間に小説はたくさん読んでいるので、少しずつレビューしていきたいと思います。
佐々木鏡石さんの作品、『がんばれ農協聖女 ~聖女としての地位を妹に譲れと言われた農強公爵令嬢と、聖女としての地位を譲られて王太子と婚約した双子の妹の話~』 をレビューします。
作品の概要とおすすめポイントはこちら。書籍化決定とのこと、おめでとうございます!
- 聖女の地位を追われて婚約者にも裏切られた主人公が、聖女修行のなかで身につけた農業知識を生かして、辺境の寂れた土地を復活させようと頑張るお話
- 作者さんの農業知識の深さに脱帽。単純に技術発展で終わらせるのではなく、保守的な農村の様子も描いている点もよい。人物描写も素晴らしい。
農業にかける熱意と深い人物描写が魅力の作品
佐々木鏡石さんが「小説家になろう」で公開中の小説です。今年3月に掲載が開始され、2ヶ月時点での文字数は約16万字と、今から読み始めるにはちょうどいいボリュームとなっています。つい先日には書籍化が決定したとのこと、おめでとうございます!
主人公アリシアは聖女見習い。先代聖女のもとで修業に励み、聖女に必要な知識の獲得に努めていましたが、婚約者である王子に裏切られ聖女の地位も追われてしまいます。失意のなかで向かったのは、かつての大飢饉の際に先代聖女と訪れた辺境伯領地。いまだに飢饉の爪痕の残る村々の様子をみて、聖女見習いとして勉強した農業知識をもって立て直しを図りますが…
タイトルに「農協聖女」とあるだけあり、農業を中心に領地改革に取り組む作品となっています。素晴らしいのは、上っ面の技術だけではなくて、実際に農業で生きる農民たちにもしっかりと触れているところ。領地改革ものでありがちな展開として「やれ肥料だ、二毛作だ、三圃式農業だ」と転生者が技術を伝えるだけで生産量が爆発する絵がありますが、人が関わる以上はそんなに浅いはずはないんです。農民たちにとっては得体のしれない農法であり、しかも失敗したら家族ともども飢え死にするかもしれないとしたら、そんな簡単に採用できないでしょう。
無知ゆえと笑うかもしれませんが、生活や生命が掛かる出来事に対する人の反応は、今も昔も変わりません。200年前に世界ではじめてのワクチンとして天然痘ワクチンができましたが、牛が罹る牛痘を材料としたものであったため、当初は「ワクチンを打つと牛になる」などと忌避されていたそうです。当時の非常識を笑うことはできますが、昨今のコロナワクチン接種に対する様々な反応を見ると色々と考えされられるところです。
農業に対する熱い書き込みに加えて、人々の心情に対する深い洞察も魅力です。主人公たちのみならず、農民たちや追放側の妹・王太子に至るまで、みな性格は様々ですが、しっかりとした人間として描かれています。いわゆる「ざまあ」展開の場合、単純なエンターテイメントのために敵側の思考がものすごく抜けている作品が多いのに対して、本作のバランスの取り方は絶妙だと感じました。
ストーリーはタイトルの「農協」設立に向けてまさに動き始めたところで、今後の展開から目が離せません。書籍化も楽しみにしています!
おすすめ度
50話時点(2021年5月)
★★★★★(星5つ、名作!)
★5つで満点。かぴばーの個人的好みに基づいたスコアです。
あらすじ
「二度と私の人生に顔を出さないで、アリシア。土臭くて泥臭いアンタにはユリアン王子なんか勿体ないわ。私が貰ったげるわね」
私――アリシア・ハーパーは、華やかで愛らしい双子の妹のノエルと違い、地味で可愛げのない女。それ故に十歳から次期聖女として勉学に励んだのに、両親に愛されることがなかった。昔から両親はなんでもノエルの望むままに私からむしり取り、妹に与えた。そして今回は聖女としての地位と、私の婚約者であったユリアン王子さえ、私からむしり取った。
聖女の地位を妹に譲った私が妹を送り出す際、私は妹のノエルと元婚約者であったユリアン第一王子に裏切られていたことを知る。
人間不信に陥っていた時、私の農業の知識に目をつけていた「黒幕辺境伯」ロラン・ハノーヴァー令息に求婚された私は、遠くハノーヴァー家へと嫁ぐことが決まった。そう、信じていた人間に裏切られ、傷ついた私にも、たったひとつ残されたもの。それは先代の聖女様から叩き込まれた「農強」の知識だった。そんなわけでハノーヴァー領の農政のブレーンとして奔走するうち、全幅の信頼を寄せてくれるロランに、私はいつしか心惹かれていく。
だがノエルが新たな聖女兼王太子妃として就任し、私がハノーヴァーの領地経営をする間、王国には徐々に大飢饉の徴候が出始める。元聖女候補として私がハノーヴァー領の救済に奔走する一方、聖女の任をこなすことができない妹のノエルは徐々に追い詰められていく――。
「小説家になろう」本作ページより引用
逆に何故いままで農業ギルドのネット小説がなかったのか
しっかりと農業に向き合った作品です。何と言っても、主人公アリシアが向き合う最初の敵が「べと病」なんです。
べと病、趣味で家庭菜園をやられている方であれば、ご存じかもしれません。カビが原因の様々な野菜がかかる病気で、梅雨時などの多湿な時期に長雨や低温が続くとてきめんに発生します。自分は田舎育ちだったので、結構な広さの家庭菜園が庭にあったのですが、降りやまない雨のせいでキュウリを一畝まるごと持っていかれた年もありました…
原因や対策が分かっている現代でもこの有様なんですから、昔の農業の大変さをや押して知るべしです。人の力の及ばない天気のご機嫌次第の仕事ですから、村内や隣組での互助や、農協ギルドといった専門組織によるサポートなど、集団で力を合わせて取り組むのが自然な姿なのでしょう。
そんなことを考えながら、「過去に農協ギルドという切り口の作品はなかったのかな」と調べていたところ、以下の記事を見つけました。確かに「冒険者ギルド-魔物=農協だな」と腹落ちした次第です。
「日本の描く冒険者ギルドとは、農協である」という意見に納得の声多数(togetherまとめ)
ちなみに、作中でアリシアはべと病対策の薬剤作りに取り組みますが、こちらは現代でも実際に使用されているタイプのもののようです。中世ライクな世界観のなかで違和感なく本物の特効薬を作成させるという、作者さんの農業知識には頭が下がります。
農業を中心に人々の心を描く
聖女追放は「ざまあ」の典型的なストーリーですが、追放側である新聖女のアリシア妹や王太子側の心情もきちんと納得できるものとして描かれていることも好きなポイントです。骨太なざまあ展開といったところでしょうか。
本作では聖女の役割として、農業の実用的な知識のみならず、雨ごいなどの儀式も求められています。そのような儀式を非科学的なものと心中で軽んじていた新聖女が、農村でぽろっと本音を出してしまったときの村長とのやりとりが素晴らしいので、ぜひ小説内で読んで頂きたいです。
思うに、農民たちも科学的に雨ごいの儀式を求めているのではなく、人の力の及ばない大いなる自然を相手にするための心の拠りどころとしているはずです。権威ある聖女がきちんと儀式をすることで、きっと大丈夫と前を向くことができると。新聖女は力があるが故に、そういった市井の庶民たちの気持ちが理解できないのでしょう。
この心情は今でも変わりませんよね。大きな建物をつくるときには地鎮祭を行いますし、船が出るときには金比羅さんに参拝します。自分は結構大きな工場に勤めていますが、毎年新年には工場の幹部陣が無事故祈念に地元神社に参拝しています。人ってそんなものだと思うのです。
田舎育ちの農家の家系であることもあり、とても楽しく読ませて頂きました。
人の心の動きも深く書き込まれており、骨太の作品が好きな方に特におすすめです。書籍化も楽しみにしています!
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